創世記18章 神に不可能な事はない創世記18章 

 アブラハムも妻のサラも歳を重ねて老人になった。主の使いが彼に現れて来年サラは約束の子を産むと伝えました。サラは冗談を言われてると思い笑いました。主の使いにどうして笑うのかと言われると否定しました。

 人にできる可能性あるなら私たちは人に頼むでしょう。しかし人にできる可能性がないなら、神さまがおできになるのです。神さまには何でもできない事はないからです。サラはそれが信じられなかったのです。

 私たちはどうでしょうか?医者や弁護士などに見捨てられた時、神様がそれをなすことができると神の言葉を額面通りに信じることができるでしょうか?私たちの信仰生活の中でクリスチャン人生と命をかけて活ける神様に信頼してお委ねするなら、驚くような神さまの現実を体験できるのです。

 主なる神さまはそう言う神の子を求め、その人に神の栄光をあらわされるのです。

 中途半端な信仰生活はやめて、とことん信じ抜く、主に喜ばれる者になりましょう。

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